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週末美術部員

素人の美術だより。

【エッセイ】おかねとじかんのお話

 

今朝ニュースで自殺による経済的損失は4594億円だと言っていた。

自殺した人が生きていれば得られていた生涯年収の推計らしい。

「4594億円という損失額を明示することで、

自殺をなくさなければと思ってもらえるようにした」

そうコメントしている人テレビの中の人は

何も可笑しいことなんぞ言っていません

という顔をしている。

この人のコメントは、

「その人が生きれていれば、4594億円生み出されたのにもったいない」

そう言っているのと同じ。

 

でも、その人が生きる意味は、4594億円を生み出すことにあるのだろうか。

            f:id:iimono-to-kurasou:20170324101758j:plain

 

私も社会人になって、時間をお金に置き換えて考えるようになった。

特に平日に休みを取るときになんか、

「今日・・・・円もらえるはずだったのに、自ら・・・・円手放した。」

そうを思う。

時間をお金に置き換えて考えてしまう。

結局は私もニュースの中の人と同じなんだろう。

 

本当はお金は一つの指標にしか過ぎない。

でも悔しいほど、お金は解りやすい

だから、つい他にも指標があることを忘れてしまう。

お金は、人が生活の中で常に使っている指標

しかも物々交換で生活を成り立たせている地域を除けば、世界共通の指標

言葉よりも簡単に地域ごとの違いを乗り越えて、世界共通の指標となる

人に使われる指標

 

時間はお金に換えられない価値があるというのは簡単

きっと本当はそうなんだろう

でも、時間の価値を人に伝えるお金以外の指標を提示できなければ

時間はこれからもずっとお金に置き換えて考えられるのだろう。

 

 

お金に変わる指標ないかなあ。

 

【展示会】花森安治の仕事 デザインする手、編集長の眼

世田谷美術館で開催中の展示

花森安治の仕事 デザインする手、編集長の眼」に行ってきた。

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 昨日NHKの番組「日曜美術館」で取り上げていた花森安治NHKの朝の連続テレビ小説とと姉ちゃん」でヒロインと共に出版社を立ち上げる花山伊佐次のモデルとなった人だ。番組の中で見た花森に対して、「しあわせを共有する天才」という印象を持った。

iimono-to-kurasou.hatenadiary.jp

 

番組の中で、モデルで雑誌の編集も行っている菊池亜希子が花森の作品を見て言った言葉がある。

 

「同じ編集者として、悔しいですね」(菊池亜希子)

 

私は編集者ではないけれども、

花森の生み出す作品を見ていて、菊池亜希子と同様悔しくなった。

 

花森の作品には、どれも花森の「手」を感じる。

特別な技術を使うわけでもなく、

誰でも手にできる道具で作品を仕上げている。

にも関わらず、

花森の作品は私を置いてきぼりにするのだ。

すぐ隣にいて触れられそうと思うのは一時、

到底追いつけそうもないことに気づく。

 

一番悔しかったのは、暮しの手帖の傘を並べたカバー写真

色とりどりの傘を閉じたまま、斜めに立てる

傘のそんな姿、初めて見た。

花森の作品は、いつもそこにあるものの「初めて」を見せてくる。

追いつけそうで全く追いつけない人だ。

 

そう思う一方で、花森の作品を見ていると、

「私にもできる気がする」

そう思えてしまうのだ。これが花森の凄さだ。

どうにもこうにも自分にはできない、

そう思わされるものであれば諦めがつく。

でも、花森の作品は手が届かないのに、届きそうなのだ。

 

 

だから悔しいのだ。

 

 

【日曜美術館】花森安治=しあわせの形を共有する天才(2/19放送)

 

「しあわせの形を共有する天才」

 

連続テレビ小説とと姉ちゃん」花山伊佐次のモデルとなった編集長・花森安治

戦後まもない頃から現在に至るまで、女性から多くの支持を受けている雑誌、「暮らしの手帖」を作った方である。

日曜美術館という番組を見て、花森安治という人間は「しあわせの形を共有する天才」、そんな印象を受けた。

*1

  

しあわせの形を共有する天才は、

暮らしにあるしあわせの象徴を見逃さない。

 

町を歩くとね、露店がだっと出はじめてきた

 

そこでね 真っ先に出てきたのはフライパン

 

本当に光り輝いていた

 

フライパンがでてきた時には

 

どんなに僕ら気持ちが明るくなったか

 

僕ははっきりその時に

 

これはやっぱり暮らしというものが一番大事だと言うことを

 

理屈ではなく腹の底まで分かってもらおうとおもった。

      

                        (花森安治

 

しあわせという言葉から社会的な成功をどうしても想像してしまいがちだ。

でも、本当にしあわせだと感じる瞬間は、

 

目玉焼きを焼いたとき、黄身が中心にきた

                        (深澤直人

 そんな瞬間かもしれない。

人は自分に正直でないことも往々にある。

しあわせの形をつかむことすら、簡単ではない。

 

しあわせの形を共有する天才は、

メッセージが読者のおなかの底まで届くよう、

細かな配慮や努力は欠かさない。

同時に、最終的にメッセージをどう受け取るかは相手に委ねる。

人の存在を尊重している。

 

りんご箱を使って勉強机をつくるという記事が掲載されたことがあったが、

その勉強机は大切な人にあげるプレゼントのよう。

出来上がった勉強机に座っては、立ち上がる。

また、嬉しそうに座り直す。

そんな女の子を花森が嬉しそうに見ている様子が思い浮かぶデザイン。

  

廃材や既存のものを使ったデザインはよくあるが、

 

廃材でもつくれるということではなく、

 

豊かなものの作り方を伝えている

                       (深澤直人

 

 

物がない時代においても、

物をただ作る方法を伝えるのではなく、

美しいもの作る方法を伝える。

人はたとえお金がなくても美しいものに囲まれて暮らす価値のある存在なのだと、

人間の存在そのものを肯定する。

と、同時に美しいものは君たちの手で作り上げるのだと、鼓舞する。

 

「君たちはどうするのか」

 

女性が社会進出するようになってきた時代に花森が書いた記事の最後の一文。

自分の意見を述べつつ、最終的な判断は個人に託す。

だからこそ、人にどとく。

 

 

花森という人は、

しあわせの形を共有する天才だと思った。

 

 

最後に花森の素敵な言葉。

 

美しいものは、いつの世でもお金やヒマとは関係がない

 

みがかれた感覚と、まいにち暮らしへの、しっかりとした眼と、

 

そしてたえず努力する手だけが一番うつくしいものを、いつも作り上げる

 

                          (花森安治

 

 

 

おまけ。

世田谷美術館花森安治の展示会(2017/02/11~2017/04/09)をやっているらしい。

 

 

 

*1:NHK 日曜美術館「“暮し”にかけた情熱 花森安治30年間の表紙画」2/19 放送